SAPシステムを自社内で運用・保守し続けることは、多くの企業にとって年々大きな負担となっています。SAP人材の確保・育成にかかるコスト、頻繁なシステム更新への対応、そして24時間365日の安定稼働体制の維持など、IT部門に求められる役割は高度化・複雑化しています。こうした背景から、SAP運用を専門事業者に委ねる「SAPマネージドサービス」は、運用体制の見直しを検討する際の一つの有効な選択肢として位置づけられています。一般的には、短期的なコスト最適化にとどまらず、SAPの総保有コスト(TCO)の削減が期待できる点に加え、専門性の高いサポート体制の確保や、システム安定性の向上といった効果が見込まれます。
本記事では、他域と比較した場合のベトナムSAPマネージドサービス事業者の特徴や提供価値、選定時のポイント、ならびにアジア地域におけるコスト感・選択肢について整理します。

なぜSAPマネージドサービスが必要とされるのか

運用コストの最適化と予算の見通し
企業がSAPマネージドサービスを導入する主な目的の一つは、運用コストの最適化と、SAP人材を内製で維持することによる財務的負担の軽減にあります。一般的には、SAPマネージドサービスを活用することで、完全な内製運用と比較してSAPの総保有コスト(TCO)を約25〜40%程度削減できるケースがあるとされています。
こうしたコスト削減は、SAP専門人材に対する高額な人件費の抑制に加え、継続的な教育コストや人材流動によるリスクを回避できる点に起因します。
また、マネージドサービスでは月額固定型などの料金体系が採用されることが多く、IT予算の見通しを立てやすくなります。これにより、突発的なサポート費用の発生を抑えつつ、財務リソースを戦略的な取り組みに振り向けることが可能となります。
専門性の高い人材へのアクセスとシステム安定性の向上
SAPに精通した人材の確保・定着は、多くの企業にとって継続的な課題となっています。SAP専門人材は高い専門性を求められる一方で、人件費水準も高く、最新技術やベストプラクティスに対応するためには継続的な教育が不可欠です。また、特定の担当者に知識が集中することで、退職や異動時に運用上のリスクが顕在化するケースも少なくありません。
SAPマネージドサービスを活用することで、認定資格を有する専門人材へのアクセスが可能となり、複数のSAPモジュールにまたがる運用体制を安定的に構築できます。あわせて、プロアクティブな監視体制や運用プロセスの標準化により、99.5%以上の稼働率を想定した安定運用が期待されます。
本来注力すべき業務への集中とコンプライアンス対応
SAP運用を外部に委ねることで、社内IT部門は事業成長や業務改善など、より付加価値の高い業務に集中できます。日常的なSAP運用、アップデート、トラブル対応は外部の専門家に任せることで、収益創出につながる取り組みに注力できます。
また、SOX、GDPR、業界固有の規制に対しても、標準化された運用プロセスとドキュメント管理により、監査対応の負担を軽減できます。特に製造業では、事業拡大に伴うシステム負荷増大に対して、IT組織を肥大化させずに対応できる点が評価されています。
ベトナムのSAP MSPが提供できる価値

コスト競争力と一定水準の専門性の両立
ベトナムのSAPマネージドサービス事業者は、米国、東欧、シンガポール、オーストラリアなどの先進国市場と比較して、約30〜50%程度のコスト削減が見込めるケースが多いとされています。一方で、インドやフィリピンといった従来のアウトソーシング先と比較しても、競争力のある価格水準を維持している点が特徴です。こうしたコスト優位性は人件費の差だけでなく、拠点運営、設備、ITインフラを含む運用コスト全体に起因しています。
また、コスト面での優位性が品質の大幅な低下を伴うものではない点も重要です。多くのベトナムSAPマネージドサービス事業者は、ISO/IEC 27001やSOC 2といった国際的なセキュリティ基準への対応を進めており、SLAに基づく稼働率管理や、比較的短期間での導入・立ち上げを実現している事例も見られます。
ただし、実際の導入にあたっては、プロジェクト管理や初期オンボーディングに関わる追加コストが発生する場合もあるため、契約前にスコープや費用構成を十分に確認することが重要です。
SAP認定資格を持つ高度人材へのアクセス
ベトナムには50万人を超えるソフトウェア開発人材がおり、毎年約5万5千〜6万人規模のIT人材が新たに輩出されています。その中にはSAP領域に関する知識・経験を有する人材も一定数存在しており、SAPマネージドサービスの提供拠点として検討される背景の一つとなっています。
海外アウトソーシングにおいては、英語によるコミュニケーション力を懸念する声が多いことも事実です。こうした懸念は、数年前までは一定の妥当性がありました。
しかし、2025年現在の実情は大きく異なります。ベトナムはEF英語能力指数(EPI)において中位水準に位置付けられており、特にIT分野の人材では、IELTS平均スコア6.5以上と、相対的に高い英語運用能力を有するケースが多く見られます。これにより、国境を越えたプロジェクトにおいても、業務上の意思疎通やプロジェクト推進を円滑に行える環境が整いつつあります。
政府によるITインフラ投資と支援策
ベトナム政府は、2025年までを対象期間とし、2030年を見据えた「国家デジタルトランスフォーメーションプログラム」を推進しており、IT・ICT分野の成長を支えるためのインフラ整備、人材育成、法制度の整備を段階的に進めています。
具体的には、電力インフラの強化や各種財政支援に加え、IT企業向けの税制優遇、資金調達環境の整備、土地賃借に関する優遇措置などが講じられており、マネージドサービス事業者にとっても安定した事業運営環境が整いつつあります。また、外資100%出資が認められている点も、海外企業にとっては事業継続性の観点から重要な要素となっています。
こうした環境を背景に、Microsoft、Google、Amazonといったグローバルテクノロジー企業が、ベトナム市場に対して数十億米ドル規模の投資を行っています。
これらの取り組みは、ベトナムのテクノロジー基盤に対する信頼性を高めるとともに、エンタープライズレベルの高度なITシステムを支えるためのインフラ基盤の強化につながっています。
SAPマネージドサービスプロバイダーの選定ポイント
SLA水準と対応体制の確認
SAPマネージドサービスプロバイダーを選定する際には、SLAにおける稼働率水準や障害発生時の対応速度が重要な判断基準となります。一般的には、99.9%以上の稼働率を目標としたSLAや、迅速な初動対応・復旧体制が、基幹システムとしてのSAP運用において求められます。SLAに基づく高可用性の確保は、システム停止による業務影響を最小限に抑え、安定した事業運営を支える要素となりますまた、SLA内で定義された迅速なインシデント対応・解決プロセスは、運用上のリスク低減と信頼性向上につながります。
そのため、稼働率、サポート時間、エスカレーション手順、メンテナンス時間帯など、SLA条件を具体的に確認することが重要です。あわせて、過去のSLA達成状況や顧客からの評価を通じて、提示された条件が継続的に履行されているかを見極める必要があります。
実績に基づく信頼性の確認と費用構造の理解
SLA水準や対応体制に加え、プロバイダーの信頼性を見極めるうえでは、実際の導入実績や顧客からの評価を確認することが重要です。ROIなどの数値が示された事例は、サービスの効果を定量的に把握する手がかりとなりますが、それ以上に、自社と類似した業種・規模の企業がどのような課題に直面し、どのように解決したのかを確認することが有効です。
また、価格の多寡だけでなく、費用構造そのものを理解する視点も欠かせません。料金がどの範囲まで含まれているのか、追加費用が発生する条件は何かといった点を整理したうえで、ユーザー数ベース、利用量連動型、月額固定型などの料金モデルを比較することで、長期的なコスト管理と予算計画の精度を高めることができます。
技術力とセキュリティ基準の確認
SAPマネージドサービスを中長期的に活用するうえでは、クラウド移行やAIを活用した運用を含む技術力の有無が重要な評価ポイントとなります。S/4HANA Cloudやハイブリッド環境への移行実績を有するプロバイダーは、移行時のリスクを抑え、より円滑なシステム移行を実現しやすいと考えられます。また、自動化、予兆保全、データ分析といったAI活用型の運用は、SAPシステム全体の運用効率や安定性の向上に寄与します。
あわせて、セキュリティおよびコンプライアンス対応も不可欠です。特に規制の厳しい業界においては、SOX、GDPRをはじめとする各種法令・業界基準への対応状況を確認する必要があります。さらに、グローバルに事業を展開する企業の場合、拠点の所在地やタイムゾーンの整合性も、円滑なコミュニケーションや迅速な障害対応を実現するうえで考慮すべき要素となります。
ベトナムにおける主要なSAPマネージドサービスプロバイダー
VTI
VTIグループは、日本、ベトナム、韓国、シンガポールに拠点を展開し、1,800名以上の従業員を擁する、ベトナム有数のSAPマネージドサービスプロバイダーです。

SAP運用においては、AIを活用した独自ツール(V-Copilot、AuraOps)を活用し、運用効率の向上や業務の可視化を図っています。これにより、運用管理にかかる負荷やコストの最適化を目指した支援が行われています。
VTIは、ABAP、Fiori、SAP BTP、SACなどの領域をカバーする認定SAP人材を擁し、CMMI Level 3、ISO/IEC 27001、ITIL® 4といった国際基準にも対応しています。品質およびセキュリティの両面において、エンタープライズ利用を想定した体制が整えられています。
提供サービスは、SAPコンサルティング、ECCからS/4HANAへの移行、オンプレミス環境からクラウドへの移行支援に加え、FI、CO、SD、MM、PP、PSといった主要モジュールの導入・運用まで幅広く対応しています。
これまでに、大手企業向けSAPプロジェクトを多数手がけており、プロジェクト期間も数か月規模のものから、数年にわたる中長期案件まで多様です。英語・日本語・韓国語・中国語に対応可能な体制により、海外拠点を含むプロジェクトにおいても円滑なコミュニケーションを支援しています。
VTIの特徴は、SAPに関する実務的な知見を基盤としつつ、AIやクラウドといった新技術を段階的に取り入れ、企業のデジタルトランスフォーメーションを支援している点にあります。
活用シーン:中堅〜大手企業において、SAP S/4HANAを中心とした基幹システムの高度化や、海外拠点を含む運用体制の整備を検討しているケース。
FPT IS
FPT ISは、ベトナム最大級のIT企業グループであるFPT Corporationにおいて、SAPを中心としたERPコンサルティングおよび導入を専門に担う事業会社です。
ベトナムにおける代表的なERP導入・コンサルティング事業者の一つとして、大規模なデジタル技術基盤と幅広い導入経験を有しています。SAPを中心とした包括的なソリューション提供を特徴とし、さまざまな業務モデルに対応したシステム構築を行ってきました
グループとしての豊富な人材リソースと標準化された導入方法論を背景に、特にSAP S/4HANAへの移行を伴うプロジェクトにおいて実績を重ねています。グローバル企業向け案件を含む導入経験から、基幹系システムとして高い信頼性が求められる領域で評価されています。
一方で、組織規模の大きさや標準化されたプロセスを重視する運営方針から、比較的小規模な個別要件や、標準枠外のニーズに対しては柔軟性が限定される場合もあります。
活用シーン:大規模なERP導入・刷新やSAP S/4HANA移行を含むプロジェクトにおいて、確立された導入手法と安定した支援体制を重視する大企業や公共系組織。
CMC Corporation
CMC Corporationは、中小企業から大企業まで幅広い規模の組織を対象に、拡張性のあるERPソリューションを提供しているベトナムのIT企業です。
中小企業向けには、SAP Business OneやGROW with SAPといった比較的導入しやすいSAPソリューションを提供しており、簡素化された導入プロセスとローカル市場への理解を活かして、専任の大規模IT部門を持たない企業でも運用しやすい環境を整えています。一方で、SAP S/4HANAやSAP BTPに関する知見を有し、大企業向けの導入案件にも対応しています。多国籍展開を伴うロールアウトや、大規模なカスタマイズ、移行、システム統合といったプロジェクトへの参画実績も見られ、導入フェーズにおける対応範囲の広さが特徴です。
ただし、CMCの強みは主に導入・展開フェーズにあり、長期的な運用を前提とした包括的なAMS(アプリケーションマネジメントサービス)や24時間365日の運用体制については、案件内容に応じて追加の体制検討が必要となる場合があります。
活用シーン:中小企業におけるSAP導入の初期検討から、大企業におけるSAP S/4HANA導入・刷新プロジェクトまで、比較的シンプルな運用要件を前提としたケース。
CITEK
CITEKは、大規模データ処理を前提としたSAP S/4HANAソリューションに特化したSAPパートナーです。クラウド基盤上での業務管理やデータ活用を重視しており、各種規制や国際標準への対応を求められる環境において、一定の強みを発揮します。
同社のアプローチは、クラウドプラットフォーム上でのデータ管理を軸に、事業環境の変化に迅速かつ的確に対応できる運用体制の構築に重点を置いています。特に、クラウド技術およびデータ管理領域における専門性が特徴です。
一方で、サービス領域は比較的フォーカスされており、フルスコープのSAPコンサルティングや、多数のSAPモジュールを横断した大規模導入・運用を必要とするケースでは、適用範囲を慎重に見極める必要があります。
活用シーン:クラウド移行を優先的に進める企業や、標準準拠・コンプライアンス要件を重視したクラウドベースのERP運用を検討しているケース。
SPHINX JSC
SPHINX JSCは、ベトナム、韓国、オーストラリアに拠点を持ち、10年以上にわたりSAP関連サービスを提供してきたIT企業です。これまでに100社を超えるグローバル顧客との取引実績があり、ITアウトソーシングを中心とした幅広いサービスラインアップを通じて、複数技術を組み合わせた支援を行っています。主な注力分野は、SAP S/4HANAの導入およびSuccessFactors HCMであり、SAPに加えて他技術領域を横断した対応力を有している点が特徴です。アジア太平洋地域での展開を視野に入れた体制により、複数国にまたがるプロジェクトへの対応実績も見られます。
一方で、SAP専業ベンダーと比較すると、SAP領域に特化した人員規模は限定的であり、非常に大規模または高い複雑性を伴う案件においては、体制面の確認が必要となる場合があります。
活用シーン:中堅規模の企業において、SAPを軸としつつ複数技術を組み合わせた導入・展開を検討するケースや、アジア地域での拠点展開を伴うプロジェクト。
まとめ
SAPマネージドサービスは、単なるコスト削減手段ではなく、IT運用を戦略資産へ転換するための選択肢です。重要なのは、価格だけでなく、自社の業務特性・将来計画と合致したパートナーを慎重に選定することです。
適切なSAP MSPと連携することで、SAPは「運用負担」ではなく、競争力を支える基盤となります。
基本的なサポートを求める中小企業から、包括的な変革支援を必要とする大企業まで、重要なのは自社の要件、予算、長期的な目標に合致したプロバイダーを選定することです。そのためには、時間をかけて候補となるプロバイダーを慎重に評価し、認定資格や実績を確認し、具体的なリファレンスや透明性の高い価格提示を求めることが欠かせません。
SAPシステムは、偶然に任せられるほど軽い存在ではありません。 しかし、適切なマネージドサービスパートナーを選ぶことで、運用負担ではなく、競争優位性を生み出す基盤へと変えることが可能になります。
